皆さんこんにちは。私は当バンドのリーダーの柿崎幸史です。
盛岡劇場にて毎月行われる「もりげきライブ」に 、有り難くも出演させて頂く事となり、それに向けてこのようなサイトを作成しました。
烏滸がましくも自分の名前を入れたこのバンドですが(一部ではこのようなバンドをジャイアンバンドと呼んでいます笑)、自分なりにテーマを持って取り組んでいます。それは私が盛岡で学び、感じ、そして経験した音楽を、場所や常識に制限される事なく自由に演奏するという事です。つまり、ここではクラシックが適しているとか、ロックは演奏出来ない、といった場の制約を、編曲や音楽創りでもって解決していきたいと考えているのです(決して音を大きく出せないところでも爆音ハードロックをやりたいと思っているわけではありません)。
20世紀に黒人音楽が台頭し、西洋音楽や民族音楽を含めた多くの音楽ジャンルはクロスオーヴァーし、現在、演奏のスタイルや楽器編成などは多岐に渡るようになりました。その為ジャンルというものは非常に曖昧なものとなりました。しかしその中で自分の感性のみをもって音楽に取り組むと、先の偉大なミュージシャン達が残した形式というものは、無視されてしまいます。その為学ばなければならないものが多くあります。それは技術的な事に限らず、その音楽の生まれた地の文化、風土や、作曲者の人生、性格…等、様々ですが、それらを知ることで、深い理解と、意味をもって音楽に取り組めると思います。
さて、私はと言うと、一応勉強のような事もしたのですが、音楽の大先輩の方々から見るとひよっ子で、何も分かっていないのに等しいのかもしれません。しかし私がどのような音楽をやっていけばよいか悩んでいる時に、作曲の恩師である山本裕之先生に「柿崎幸史印の音楽を創ってみたらどうだい」というお言葉を頂きました。これが今日までの活動の支えになった事は言うまでもありません。
岩手大学教育学部音楽科の学生である傍ら、様々活動して参りました。それはドラマーとして、作曲家として、ピアニストとして、時には音楽教育者として、年間100本近く活動させて頂きました。その中で、人から「そんなあちらこちらで、ふらふらとやるなんて、音楽をなめているぞ」と言われないように、誠意をもって一生懸命やってきたつもりです。それらの成果の一つの形として、このバンドで納得の出来る音楽をやれれば、幸いです。そしてそれを聴いて頂いた皆さんに喜んで頂ければ、嬉しいです。
長くなりましたが、もし宜しければ、2月のライブにお越し下さい。
お待ちしております。
2010年1月柿崎幸史